なにができる?
食品のDNA分析
――検出・測定・識別・調査の4本柱で読み解く最新メソッド――
DNAは、「生命の設計図」とも呼ばれる遺伝子の本体です。このDNAを解析する「DNA分析」技術によって、従来は難しかった精密で多様な情報が得られるようになりました。
しかし、DNA分析で具体的に何ができるのか、なかなかイメージしにくいかもしれません。この記事では、最新のユースケースを交えながら、食品産業におけるDNA分析の実力と活用ポイントを分かりやすくひも解いていきます。
目次
はじめに
タンパク質とDNAの関係
「セントラルドグマ」という言葉をご存知でしょうか。これは遺伝情報が「DNA → RNA → タンパク質」の一方向に流れるという生物学の基本原理です。この過程は、DNAの情報がRNAにコピーされる「転写」と、RNAの情報をもとにタンパク質を合成する「翻訳」という二つの主なステップで構成されています。

生物はなぜ、複雑な仕組みでDNAからタンパク質を作るのでしょうか。一説には、これは生物進化の足跡であると言われています。
遥か昔、最初に生まれた生物は「RNA」に支配されていました。なぜならRNAは自己複製が可能で、酵素活性(触媒作用)も持っていたためです。その後、酵素の役割は、優れた機能を持つ「タンパク質」に、遺伝情報は、化学的に安定した「DNA」に担わせたというわけです。
食品製造の現場で多用される ELISA や酵素活性測定は、セントラルドグマの“出口”にあたるタンパク質を扱うため、得られる情報量はDNA分析よりもずっと少なくなります。
またタンパク質は、加熱・pH・酵素分解などの処理履歴がある場合に、偽陰性を生じやすいという弱点を持ちます。 一方DNAは頑丈で、ごく微量でもPCRによって再び増幅できるため、ここにDNA分析の大きな利点があると言えます。

食肉加工工場から排出されたブタのDNAが、30km離れた河川下流で検出された報告もあるんじゃ
DNA分析は何に使えるのか
さて、このDNA分析は、食品産業でどのように活用できるのでしょうか。私たちは、次の4つの分類があると考えています。本稿もこの構成で解説します。
用途 | キーワード | 目的 | 主な手法 |
---|---|---|---|
① 存在の有無を検出 | Qualitative | 「ある/ない」を判定 | PCR、リアルタイムPCR、LAMP |
② 量や比率を測定 | Quantitative | 含有率・菌数を数値化 | リアルタイムPCR、デジタルPCR、NGS |
③ パターンを識別 | Identification | 品種・産地・個体を同定 | DNA バーコード、SNP解析 |
④ 機能や特性を調査 | Functional / Meta-omics | 未知機能の探索 | WGS、メタゲノム、GWAS |
それぞれ、具体例を交えて解説いたします。
① 存在の有無を検出する
具体例
- 遺伝子組換え食品(GMO)の検出
- アレルギー物質の検出
- ハラール/ヴィーガン適合確認(ブタ・ウシDNAの痕跡検出)
- 食中毒菌(Listeria, Salmonella等)の早期検出
- 原材料偽装の検知(オリーブ油中のナタネDNA)
- 抗菌剤耐性遺伝子(AMR)スクリーニング
概要
多くのDNA分析では、「PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)」というDNAを増幅する技術が使われます。PCRは1回の増幅サイクルにつき、標的DNAを2倍に増やします。これを20~50サイクル繰り返すことで、元の量の数百万倍に増幅します。

DNA分析がもつ強みの一つは、このPCR技術による高感度検出です。タンパク質分析の場合、ごく高感度なものでフェムトモル(fmol = 10-15 mol)オーダーでの検出が可能ですが、それでも分子10億個が必要になります。一方のDNA分析は、理論上1本でもDNAが存在すれば、再び膨大な量に増やすことが可能です。
さらにPCRは、プライマー(増幅の起点となるDNA断片)を設計することで、任意の遺伝子だけを増幅できます。これにより特定のアレルゲンや畜種、微生物DNAだけを特異的に検出でき、高い特異性を確保できます。

マリス博士はドライブ中のひらめきでPCRを発明、それからわずか10年後の’93年にノーベル化学賞を受賞したんじゃ
② 量や比率を測定する
具体例
- 遺伝子組換え食品(GMO)混入比率(日本表示基準5%未満の判定)
- 混合ソーセージの畜種比率(ブタ50%・ニワトリ30%・ウシ20%など)
- 発酵スターター菌の純度チェック(発酵槽のコンタミ監視)
- サラダの総菌数推定(16S rRNAコピー数)
- 遺伝子発現量(タンパク質生産量)の推定
概要
PCRはDNAを1サイクルごとに2倍に増やす技術です。この特徴を活かし、DNAが一定量に到達するまでにかかるサイクル数を調べることで、もとのDNA量を推定できます。これにより、原材料や微生物などの量や比率も算出できます。
DNA分析で定量検査を行う際は、「リアルタイムPCR装置」がよく使われます。リアルタイムPCR装置は、PCRを行うための温度制御機能と、反応の進行を可視化するための蛍光検出器が組み合わさっています。蛍光を発する試薬を用いることで、DNAが増える様子をリアルタイムに観測できます。

リアルタイムPCRは少数のターゲットを正確に検出するのに最適です。しかし、調べたいターゲットが多数ある場合は、「NGS(次世代シーケンサー)」という技術も使われます。
NGSは、一度に数万から数百万本ものDNA配列を解読できます。そのデータをデータベースと照合し、統計解析を行うことで、どんな生物がどれくらい存在するかを調べられます。食品であれば、すべての原材料の混合比率や、発酵に関わる微生物の組成まで明らかにできます。
③ パターンを識別する
具体例
- 米の品種判別
- ダイズの産地判別
- 牛肉トレーサビリティ(個体識別・親子鑑別)
- 漢方原料の真贋判定
- 食品異物からの生物種同定(昆虫片、動物毛など)
概要
生物の遺伝子には、複製時のエラーや自然放射線などによって、ランダムな変異が生じます。これらの変異の多くは生物の形質に影響を及ぼさず、そのまま次世代に受け継がれます。一方で、変異がタンパク質の構造や発現量に変化をもたらす場合、生存に有利なものは保存され、不利なものは淘汰されていきます。
このように、変異は親から子へと蓄積されるため、系統的に近い生物同士は多くの共通した変異を持っています。DNA中の変異パターンを調べて比較することで、品種や産地、親子関係などを判別することが可能です。
簡単な例として、ウシの雌雄判別の方法を紹介します。下図はその検出例です。

ウシの性別はヒトと同様に、X染色体とY染色体の組み合わせ(XY=オス、XX=メス)で決まります。ある遺伝子はX・Y染色体の両方に存在しますが、Y染色体上のものは「わずかに長い」ことが知られています。この遺伝子をPCRで増幅し、「電気泳動解析」によってDNA断片の長さを分離すると、オスは2本、メスでは1本のDNAバンドが検出されるため、性別を簡単に判別できます。
また、生物種同定検査では、サンガーシーケンサーなどで「DNAバーコード領域」と呼ばれる特定のDNA配列を解読し、国際データベースと相同性比較して種を同定します。400 bp 以上の配列が得られれば 99 % 前後の精度で種を判定できるため、異物検査に最適です。

より細かな系統を追跡するには SNP パネルやマイクロサテライト解析が有効で、10~100 箇所の変異点を一括検出することで品種や産地、さらには個体単位まで統計的に識別することができます。
④ 機能や特性を調査する
具体例
- 特定の機能を持つDNA多型の識別
- 農作物の品種改良(HKT1;5遺伝子選抜による対塩性イネ育種)
- 漁業資源量のモニタリング
- 腸内細菌と機能性食品の相互作用(GWAS x メタオミクス)
- 清酒酵母の香気成分シグネチャー解析(RNA-Seq)
概要
DNA情報を詳細に解析することで、生物が持つ多様な機能や特性の遺伝的背景を探ることができます。
機能既知のDNA多型を識別する例として、A2ミルク(A2型のβ-カゼイン遺伝子のみを保有する乳牛が産生)へのA1型β-カゼインの混入検出や、ひよこの羽色を雌雄で産み分けるための親鳥の遺伝子型判別が挙げられます。
また次世代シーケンサーにより、発酵食品中の微生物群集(マイクロバイオーム)の全遺伝情報を一括で解析できるようになっています。これにより、食品の風味や健康機能に関わる未知の代謝経路、微生物同士の複雑な相互作用の解明が進められ、新たな機能性食品の開発などに応用されています。
同様に、海水中に漂うDNAを解析して、その水域に存在する魚を網羅的に検出する技術「MiFish」は、漁業資源量をモニタリングする「環境分析」で広く活用されています。魚を実際に捕獲していた従来の手法と比べ、絶滅危惧種への負荷が少ない、検査員の技能によるバイアス(結果の偏り)が少ない、低コストという、革新的な技術になっています。


「日本発」のMiFishは、DNA分析の理想的な社会実装のひとつじゃ。日本の水産技術の高さを示しておるし、同じ日本人として誇らしいのう。
おわりに
この記事では、DNA分析が食品産業において「検出」「測定」「識別」「調査」という4つの重要な役割を果たしていることをご紹介しました。少し専門的な話もありましたが、DNA分析の具体的な活用イメージをお伝えできていれば幸いです。
DNA分析の特筆すべき点は、たった1つのサンプルから、食品の存在証明、含有率の測定、由来の特定、さらには機能性の解析までを一貫して行えることです。これは他に類を見ない、非常に強力なツールと言えるでしょう。
この技術は、従来のタンパク質検査や培養検査を補完する分子レベルでの監査として、また、原材料から製品までサプライチェーン全体を可視化するデジタルツインの中核技術として、そして革新的な製品や市場を生み出す起爆剤として、急速にその活躍の場を広げています。
今後もDNA分析技術の進化によって、私たちの食の安全や品質管理はますます高度化していくことでしょう。食品産業の未来を支えるこの最先端技術に、ぜひご注目ください。
参考文献
※ 外部リンクが開きます。
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